真画の残像・その3
 

武田氏発祥の地「武田八幡宮」

武田氏発祥の地「武田八幡宮」
山梨県をデジカメ片手に歩き回ると、どっかしら、なにかしらで武田信玄の遺業に出会す。別にデジカメを持って歩かなくても出会すことに変わりはないだろうとお思いでしょうが、デジカメを持って歩くとことさら出会すのである。きっとデジカメというのはそういう超能力のような機能も備えているのだと本気で思っている。マジで、マジで。
武田八幡宮は、韮崎にある。あの韮崎高校の韮崎である。「あの韮崎」といわれてもピンとこない人もいるでしょうから、もう一歩突っ込んでいうと、あの中田英寿の母校、韮崎高校の韮崎である。「あの中田英寿」といわれてもまだピンとこない人もいるでしょうから、更にもう一歩突っ込んでいうと、あのサッカーワールドカップドイツ大会でブラジルと戦った後、ピッチに仰向けになりいつまでもドルトムントの空を仰いでいたサッカー日本代表の中心選手、だった、「中田英寿」の母校、韮崎高校の「韮崎」である。
中田英寿ほどは知られてないと思うが、韮崎は武田家発祥の地である。武田家の祖、新羅三郎義光の曾孫信義が武田八幡宮の社前で元服し、武田氏を名乗ったのが武田家の始まりであるとされている。そしてこの「武田八幡宮」は、後の武田家代々の氏神として奉られている。雄大な姿と華麗な装飾を備えた本殿は昭和4年国指定重要文化財に指定された。この神社はそういった由緒の神社なのである。
そんな感じの(どんな感じだ?)「武田八幡宮」であるから、写真もそれ相当に、いくらデジタルカメラだとはいえ、史跡、旧跡の趣をアナログチックに写さぬことには、あの「武田信玄公」に顔向けできません。
って、アナログチックに写すってどういうことか、というと。例えば右上の木の葉の緑と黒に近い深緑とのコントラストとか、遠近感をだすボケ具合とか‥‥‥
んー、どうしても写真から何かを語るこの企画はどんどんどんどん話しがそれていってしまうような気がするのはわたしだけだろうか。

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