家電書・第一章「吉田拓郎と洗濯機」・第二話 名曲「結婚しようよ」を生んだ電気洗濯機

 

 「洗濯物」は「サブメディア」とか自分で書いておきながら言うのもなんだが、「サブメディア」って何なんだ。広告の世界では、複数の広告媒体を効果的に組み合わせるときにメディアミックスという言葉を使い、メインメディアを補完するゲリラ的な告知媒体をサブメディアと呼ぶが、これは勿論「洗濯物」とは関係ない。
 また、つなぶちようじ氏は、ご自身のホームページで、掲示板やメーリングリスト、メールマガジンなどをサブメディアと名付けている。これも「洗濯物」とは無関係である。
 「ペアのシャツをベランダに干す」という、ただ単に日常の家事をこなしているだけで、人は知ってか知らずか社会と交流しているわけだ。つまりここで言う「サブメディア」とは、メディアの本流とは程遠いところで、極めて狭い範囲で、決して積極的に意図しない告知効果をもたらす「洗濯物」、あるいは「粗大ゴミ」「車のエキゾーストノイズ」「窓辺のBSアンテナ」「ネクタイの柄」「本の背表紙」「出前の丼」「サンマを焼く煙」「犬の散歩」等々‥‥‥
 どうやら、サブメディアのサブは、サブカルチャーのサブに近そうだ。

母の肖像 家電の草分けとも言える電器洗濯機が日本に登場したのは昭和二十年代後半、つまり洗濯機は私と同世代である。それ以前には扇風機があったくらいで、電器冷蔵庫も電器掃除機もまだ存在しなかった。電器洗濯機は、いわゆる家事を助ける電化製品「家電」の中で最初に開発されたものであった。言い換えれば、洗濯が最も過酷な家事だったということではないだろうか。
 そんな想像を裏付けるドキュメンタリー番組を先日NHKで放送していた。「一年間で主婦が洗う洗濯物は象一頭分の重さになる」というのが、当時開発されたばかりの高価な洗濯機を売り歩く営業マン達のセールストークだったそうだ。そして、その家電第一号は、その高い値段にもかかわらずあっという間に普及することとなる。
 たらいと洗濯板を使って毎日々日手で洗っていた時代に、「二人で買った緑のシャツを、僕のお家のベランダに並べて干そう‥」ってな暢気な歌はきっと生まれなかっただろう。そう考えると、吉田拓郎がメジャーになれたのは「電気洗濯機」のお陰なのか。(オー!かなり話しが飛躍したが、何とかタイトルと結びついたぞー)

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